哲学と冗談

L'amore più profondo non può essere facilmente compreso.

班長

駅で、久しぶりに与島くんを見た。

通称、班長

高校1年生の時の鎌倉遠足で、クジ引きで決めた行動班、の、班長

男子4名、女子2名の6人班で、入学したばかりでまだ各々の個が確立していなかった我々は、メガネをかけていて一番インテリっぽい与島くんに班長を任せた。

役職を与えられた班長班長らしくなり、遠足のための話し合いや勉強会なども積極的に行なってくれた。

私は与島くんの名前を知らなかったので、班長、と呼んでいたし与島くんもそれで応じてくれていた。

 

鎌倉遠足は現地集合で、ある程度の距離を慣れない路線に乗って向かわなければならない。

携帯で乗換案内を調べつつも、電車音痴・方向音痴の私は不安に駆られながらラッシュ時の電車に乗り込んだ。慣れない電車のラッシュ時は勝手が分からないので余計に辛い。

そのとき、サラリーマンのおじさん達にぎゅうぎゅうと押される、メガネの男子高校生が見えた。

 

「あ、はんちょー。」

 

声をかけると班長は「あ」と呟いて手を振った。周りのサラリーマンが、私たちを知り合いと見るや何となく空間を空けてくれた。私は班長と話す気は無かったし多分班長もそうだったけど、この無言の厚意を無碍にはできず、結局我々は近寄ることにした。

 

「おはよう。班長もこの路線なんだね。」

「うん、この電車初めて乗るから、間違ってないか不安だったよ。」

班長がいるなら多分合ってるよ。」

 

なんとなく会話を始める私たち。そのとき、班長と班員、って関係性にふと心地よさを覚えた。仲良しのクラスメイトでも、部活の友達でも、ましてや恋仲でもない、なんでもない、弱い関係。隣にいるときにしか存在を認識できないくらいの、弱い、弱い関係。

 

「鎌倉ってさ、初めて行くんだよね。」

「俺もだよ。ちゃんと先生たちのいるチェック地点に行けるといいけど。」

「頼りにしてるよ、班長。」

「他力本願だな。」

「東京以外の場所って、よくわからないんだもん。」

「あんまり国内旅行したことないの?」

「ないかも。沖縄も北海道も行ったことない。京都は修学旅行で行ったかな。」

「北海道はいいよ。食も観光も全て揃ってるって感じで。」

「チーズケーキ?なんだっけ、美味しそうだよね。」

 

 

そんな、簡単な、適当な、歌みたいな会話をずっとしながら、それがなんだか心地よくてびっくりしたんだけど、電車はちゃんと鎌倉駅に着いた。

 

駅には他の班員が既に待っていて、私はもう1人の女子と、班長も他の仲良い男子と、それぞれくっついて、一日中、私と班長が会話することはなかった。

 

避けてたわけでも意識してたわけでもないけど、高校生とはそういうものなのだ。

 

お互い歩み寄るとか、

せっかくなら掘り下げようとか、

明日以降気まずくならないようにとか、

 

そういうのを一切考えずに、ただ、何も考えず、自分の興味のあること以外には気力を使うことなく、生きる。

それが高校生にとっての正解。いや、もしやすると人間にとっての正解だったりして。

 

班長班長としての責務をしっかりと果たした。鎌倉の道を予習して覚えていたらしく、我々は迷うことなく次々と観光スポットを巡ることができた。

 

その鎌倉遠足以降、私と班長が仲良くなることも近づくことも勿論なく、我々はふつうに卒業し、お互いを思い出すこともなくふつうに生きていた。

 

だから、与島くんを駅で見たとき、ああ、班長だ、以上の感想がなくて、

 

「あ、はんちょー。」

 

とあの時みたいに呟いた。

でも誰にも、与島くんにも、聞こえてなくて、

与島くんは私の真横をさっと通り過ぎて、見えなくなってしまった。

 

次の瞬間、全然知らない気持ち悪いおじさんに、ナンパ?された。ああ、気持ち悪い。私はこういう男には何も話さずさっと離れるんだけど、離れながら班長との鎌倉までの道のりがなぜ心地よかったのか、そのときやっとわかった。

 

誰でもない人として、扱ってくれたからだ。

ただ1人の「人」として、私と対等に、歌うように会話してくれたからだ。

 

とっても弱い関係だったけど、私にとって、誰でもない人、ただの班長でいてくれた与島くん。

 

聞きたいことも話したいことも特にないし、呼び止める理由も無かったけど、それが彼と私の正解だったから、本当に、何も、何も思わなかった、ここまで心が乱されない人間関係は、少しだけ貴重だな、と思い、歩き出した。