哲学と冗談

L'amore più profondo non può essere facilmente compreso.

パリの君

アンナとは1週間前に、ヴェネツィアの女子寮で出会った。

イタリアの女子はロングヘアが多数だが、アンナはそのブロンドをかなり短くカットしていて、派手なメガネに花柄の短いワンピース、細い首に小さめの目鼻立ち、一目でイタリア人ではないと分かった。

 

「どこの国出身なの?」と聞いているのに

「パリ!」と答えた君。

私は生粋の江戸っ子なのでパリと京都の人間が嫌いだ。嫌いというか、根本的に生物として相容れない存在であるため、両者は離れて生きた方がお互いにとって快適なのだ。

 

私が前置詞を間違えると

「わー!それ間違えてるよ!あなた、素晴らしいイタリア語を話すね!」といつも皮肉で返してくる君。

一度、食事が途中だったが席を立ったことがある。パリの人間はどうしてこうも人をイライラさせるのだろう。

 

それでも次の日の朝、

「おはよー!」と笑顔で挨拶してくる君。

「おはよう。あなた今日素敵なワンピース着てるね。」とお世辞を言うと

「え?!ほんとに?!これ好き?!ありがとう!!」と照れながらお礼を言う君。

「今日はデートでもあるの?」

「あるわけないでしょ!普段着!あなたは今夜予定ある?」

「特にないよ〜。こんなにカジュアルな格好だし。」

「特にない、か〜!それは"とても良いプラン"だね!」

「そう"とても良いプラン"だよ。あんたもね。」

「じゃあ予定ない同士飲もうか!」

「賛成。」

ドーパミン出しながら2人で飲み明かした。

私はお世辞を言いながら。君は皮肉を言いながら。

 

やっぱり、パリの人間は嫌いだ。

嫌いなはず、だけど。

 

 

そして今朝。

遠出するために水上バスを待っていると、大声で名前を呼んで話しかけてくる君。

「キョウコ、いたいた!あなたの連絡先、聞いておこうと思って。私今日出発なの。パリに帰るの。」

「今日?もう会えないの?」

「もう会えないかは分からない、あなたがパリに来れば会える!私は東京には行かないけどね、とても遠いから。」

「いや東京からしたらパリも遠いんですが。」

「私が東京に行く方が遠いと思うの。」

「何を言ってるんだあんたは。」

「とにかく!連絡先教えて。」

君は紙と鉛筆を渡してきた。

21世紀に、紙と鉛筆。可愛い、と思ってしまった。

私がメールアドレスを書くと「名前も!」と言われたのでKYOKOと書くと「キョウト〜〜〜!」と叫ばれた。違うそれは、私が日本で一番嫌いな街の名前だ。ちなみに世界一はあんたの街だよ。

 

「ありがとう!パリに着いたら連絡送る!じゃあ!また会おうね!」と走って行ってしまった君。

ハグも、頰にキスもできなかった。

 

船が出発してから気づいたんだ。

あの短い美しい髪に、線の細い身体に、落ち着かなく走り回る脚に、いつも皮肉ばかり言う憎たらしいあの口に、私はいつの間にか、恋をしたのかもしれない。

思えば、この1週間ずっと彼女のことを考えていた。苦手だったから?多分、そうだ。苦手だけどその苦手は恐らく憧れを内包していて、彼女のように生きてみたい、なんて江戸の先祖が聞いたら泣いてしまうようなことまで思ってしまった。

 

全部、全部、船が出発してから、気づいたんだ。

 

 

やっぱり、パリの人間は嫌いだ。大嫌いだ。