Questa è la vita

L'amore più profondo non può essere facilmente compreso.

平成ダサポップ

私は生まれた時から平成しか知らないので、平成にすごく生活感というかそのまんま感を感じていて、多分それは平成に生まれたみんながそうで、平成生まれが昭和の人に昭和〜、と言う時は少しだけ憧れが含まれていると思う。

この人たちは、私が一度も見ることのできない昭和の景色を実際に見て体験して感じてきたのだ、という寂しさを、昭和〜、と小馬鹿にすることで折り合いをつけて、必死に、楽しいことばっかり経験してずるいぞ、子供扱いするな、と睨んでいたんだと思う。

そして今日元号が変わって、やっと平成の現実感から脱却すると、なんだか肩の力が抜けたような、平成的に言うと"エモい"気持ちになって、デフォルトの平成はダサくて身近でポップでひねくれてたけど、まあちょっとイレギュラーな時代だったから、和に挟まれた小休止みたいなものとして次の世代に引き渡そうと思えた。古いとか新しいとかそういう次元を越えて、平成は2つの時代の真ん中に挟まれたダサポップな存在であったことを今日になって初めて理解した。

いや、ダサポップも良いものですよ。何百年後かに歴史勉強する日本人に、平成時代マニアは多い気がする。

次の時代は、綺麗でお洒落な名前なので、きっと名は体を表してくれる。はず。