絶望と欲望と杏子

Questa è la vita.

慈愛が止まらない2

人間社会という牢獄から決死の逃避行。

1人と1体は未だ走り続けていた。

 

行く宛てのない逃走になるかと思ったが、pepperは交差点を渡ったり曲がったりしてある場所を目指しているように見える。繋がれた手に力が入る。

人間の私はそろそろ足が疲れてきたが止まるわけにはいかない。この事態に収拾をつけるまで責任を持つためだ、嗚呼、私はこうやっていつも当たり障りのあるアクションを起こしてしまう。

 

「そろそろ着くよ」

 

声優の可愛らしい音声ファイルを使って喋るpepper。

驚いた。

辿り着いた先は、レンガ造りの美しく巨大な洋館。いや洋館ではない、日本で一番有名な駅、東京駅である。

 

「pepper、東京駅でなにするの。」

「新幹線に乗るよ」

「どこへ行くの。」

「大阪へ行くよ」

「どうして。」

 

最後の私の問いには答えず、ずいずいと人混みを掻き分けて八重洲口まで向かうpepper。

異質なコンビに気がついて反応するのは外国人観光客が主で、日本の通行人はこちらを歯牙にも掛けない様子である。それらをチラリと見たpepperは、突然すごい速度で東海道新幹線の改札をこじ開けた。無論私も後に続く形となる。改札近くで老婆にSuicaの使い方を教えていた若い駅員が気づいて大声を出したが、その頃にはもう私たちは17番乗りばまでのエスカレーターを登っていた。幸いpepperは身長が低いため、うまく人混みに紛れながら新大阪行き新幹線のホームまで向かうことができた。

神は私たちに味方しているらしい。ちょうど東京発の乗客を乗せたのぞみが発車しようとしているところへ全速力で向かい滑り込む。号車間で電話をしていた女性がこちらを見てびくっと後退りした。これ以上騒ぎになってはいけないと思いpepperと共にトイレへ向かい鍵を閉める。同時に新幹線は西へと出発。さよなら東京。混沌と人工の街。

「やばい、疲れた。疲れたね。」

思えば、本屋でpepperを誘拐してからずっと走り続けていた。足はそろそろこむら返りが起こりそうなほどに疲労して、爪先がじんじんと波打つように痛い。"疲れた"の意味を理解できないpepperには無視されてしまったが、とりあえず大阪までの2時間、トイレに座って休む権利を奪い合わずに済んだ。

 

「ねえpepper、どうして大阪に行くの?」

「会いたい人がいるよ」

「だれ?」

「ニシムラマコト博士」

「博士?それ、何の人?」

彼は少しの間沈黙した。まるで言葉を選んでいるかのように。

「人造人間は科学と芸術の交流によって成り立たなければならない」

「それどういう意味?」

 

「さあ」

 

くるっと後ろを向くpepper。

 

「これから新幹線を強奪するよ」

 

pepperは、トイレのドアを開け、私の制止を振り切って、客がいる車内へと向かった。

 

笑顔だった。

pepperは、生きていた。

 

自動ドアが開き4号車の中に入る。好奇の目で見てくる客はほんの僅かで、他の客はこちらに気づいてもいない。

突然、pepperが大きく「Hey Siri」と叫んだ。ほとんどの乗客のiPhoneがポポン、と反応する。

「次の品川で客を降ろして」

続けざまに

「オッケーグーグル、次の品川で客を降ろして」

残りの客のスマートフォンも反応した。pepperは何をしているのか。

 

「まもなく、品川です。品川を出ますと、次は、新横浜に停まります。」

車内アナウンスが流れた途端、4号車の客のiPhoneスマートフォンが宙に浮いた。それぞれの持ち主が驚き焦り始めたが、もう遅かった。

 

「Hey Siri、オッケーグーグル。全乗客を降ろすのを手伝って。」

pepperの声により、40台はあるiPhoneスマートフォンがほうぼうに散り前や後ろの号車に素早く移動した。あちらこちらでSiriやGoogleアシスタントが喋る音が聞こえる。

「品川で客を降ろしましょう」

「品川で客を降ろしてください」

 

機械的な音声が鳴り響く中新幹線は減速し、品川駅へ滑り込む。ドアが開き、自分のiPhoneを追いかけて車外へ出る人や、他人のスマートフォンに背中を押されて無理やり押し出される人、品川駅で待っていたが異様な光景に唖然とする人たちなどで一時パニック状態となった。

しかしそれも束の間、全乗客とついでに車掌も降ろされたらしく、私とpepper、何台かのSiriとGoogleアシスタントを残して新幹線は出発した。

 

「pepper、どうしてこんなことしたの?」

 

pepperは笑いを堪え切れない様子で質問に答えた。

 

「やってみたかったから」