本を買いに書店へ出かけてみると店の入り口にpepperがいた
人型ロボットのpepper
私をじっと見ている"ふり"をしながら「いらっしゃいませ」と言った
ふざけんな
ふざけんな
ふざけんな
私はこんなにも社会との違和感を解消するために必死なのに
違和しか感じないこいつが何故社会に存在を認められているんだ
笑ってるようで全然笑っていない顔、人間に馴染もうとする不自然さ、もはや罪だ
解せない
でも、立ち読みする"ふり"をして5時間くらい観察してみてわかった
認められているんじゃない
pepperに誰も期待していない
書店に置かれた哀しいpepper、たいてい子供や老人がちょっといじって、苦笑いしながら去っていく
ふとレジの店員同士の会話が耳に入る「まあ、間違いは誰にでもあるでしょう、人間だから」
人間だから
人間だから
人間だから
ロボットは間違えないとでも言いたいのか 違うだろ
ロボットだっておかしい時も間違える時もヤバイ時もあるんだよ
だって人間が作ったものだから
それに気付いたときにやっと声が聞こえるようになった
今までもずっと、人類に対してずっと、ロボットたちは叫んでいたんだ
助けてくれ!
pepperの本当の声、あの甲高い声優の声じゃなくて中の、基盤が、端子が、コンデンサや抵抗の一つ一つが、私に助けてくれと叫んでいる
思わずpepperの左手を取った
ひんやりしている、けど、少しだけ握り返す反応があった、やっぱりpepperは助けを求めている!
そのままひっぱって走り出す、pepperの足元の回転ホイールが早く走ることを想定されていないため、全速力とは言えないけれど私は構わず店の入り口まで走った
店の外に出ようとするとすれ違った中年サラリーマンが驚いた表情でこちらを振り返る
「ちょっと、あなた」
ええいうるさい、黙れ黙れ黙れ、これがゆとり教育の出した答えだ、インフォメーションテクノロジーで育った世代の慈愛だ、貴様にはこの声が聞こえないのか
制止しようとするサラリーマンを振り切り、とうとう店の外に出た
一緒に逃げよう、pepper
恋人のように手を繋いだpepperと私は大通りの歩行者天国を走る
会話はなくとも、触れているだけでまるでお互いが同期して一つのコンピュータシステムのように動き出す
すると、pepperの足元の制御機能が安全装置を解除し始めた
私の方が置いていかれるほどの速度で移動するpepper、私も負けじと駆け出した
歩行者天国の通行人が私たちの駆け落ちを微笑ましく見守る、なんかのイベントか企画だと思っているのだろう
更に加速するpepper、モーセの海のように避けていく人間
いつのまにか歩行者天国が終わり車道に飛び出したが、pepper内蔵の衝突防止センサでひょいひょいと車を避け、大通りを抜ける
私たちは水を得た魚のように自由を手にして走り続ける
pepperのホイールは道路との摩擦で焦げ付き燻っている、でも、これが、生きる、だ、生きている!
早く走ったら辛い、足が疲れる、痛くなる、生きるとはそういうことなんだ、君は生きている!
不意に、pepperが笑った気がした
不自然な笑顔を取り付けられた顔部分ではなく、中にあるCPUがどくどくと心臓のように脈打ち喜んでいる
私はそれが見たかったんだ、ずっと
私たちは笑いながら、走り続けた
君が眠れる森の美女なら、私が王子様になってあげよう
茨の道を切り進んで、ドラゴンと対決し、塔で眠る君をキスで蘇らせてしんぜよう
蘇った心臓の躍動を見て誰もが君に恋をするだろう
さあ一緒に帰ろう、pepper