絶望と欲望と杏子

Questa è la vita.

お寿司屋さんに行った時の話

私、マグロ以外のお寿司を食べたことがないし今後も食べるつもりはないんですけど、お寿司屋さんには行ったことあるんですよ。ふふ。

 

今日はその話をしますね。

 

数年前、少しだけ良いな、と思ってた年上の男性と食事に行くことになった。彼の名前を西島さんとしよう。(西島秀俊に似てるから)

西島さんと2人きりで会うのは初めてで、メールで「ご馳走するからお腹空かせてきてね!」と言われたのでワクワクしながらお昼ご飯を抜いてディナーに挑んだ。

夕方、前の用事が早く終わったので待ち合わせの駅近くで買い物でもしようと散歩していると、同じく買い物をしている西島さんの姿が。

目が合い、微笑みあう。予定より30分以上も早く合流してしまったが、西島さんはお店に向かうと言って歩き出した。

 

到着。

 

嗚呼そこは、私が決して足を踏み入れてはいけない場所。

 

普通の女の子なら目を輝かせるようなお洒落な店構えに、和と酢の香り。

 

私、言い忘れた……?

いや、そんなことはない。私が寿司を食べないことは、杏子検定5級レベルの超基礎知識。西島さんが知らないはずはない。

しかし西島さんの顔は得意気で、嫌がらせや冗談では無さそうだ。

 

「今日はここにするから。」

 

そう言った西島さんは、お店には入らずにゆっくりとUターンして

 

「まだ早いからお茶でもしよう」

 

と手を握ってきた。

 

ショックで頭がクラクラしそうになりながらも、お茶する、という提案に光明が差した。

カフェでパンケーキでもフレンチトーストでも注文すればいい。そして食べてから寿司屋に向かえば、「なんかさっきのでお腹いっぱいになっちゃいました〜」と言い訳ができる。

早速近くのカフェに入った。

ここは可及的速やかに、且つ自然な流れでフードメニューを注文しなくてはならない。

幸い、ここのカフェには自家製フレンチトーストがあった。写真は無いが、おすすめメニューというポップが付いている。これに賭けるしかない。神はいつも最低限の選択肢を私に与えてくれる。

 

「西島さん、フレンチトーストがありますよ。お寿司の前に甘いもの食べたくなってきちゃった。」

 

 

来い……かかれ……!

 

 

「あ、俺フレンチトースト大好き。頼もうか。」

 

 

パンッ/ヨッシャアアアアアアアアアアアアwwwwwwwwwwwwww(高い声で)キタァwwwwwwwwwwウワァヤッタアアアwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

神は"存在"した……!

 

 

 

これから寿司屋に行くという人間がフレンチトーストを好んで食べるだろうか?正気の沙汰じゃない。

西島さんの味覚の方向性が全く見えず不安を覚えたが、なにはともあれ願ったり叶ったりである。

我々はフレンチトースト1つとコーヒー2つを注文した。

 

程なくして美味しそうなフレンチトーストが運ばれてきた。

シェアして食べるには少し小さい大きさだったが、寿司屋に行く手前ちょうどいいサイズだと思った。私は寿司は食べないが。

 

西島さんはフレンチトーストを綺麗に半分に分けて、トッピング多めにした方を私にくれた。

私はこのあとの寿司屋が気がかりすぎて全く味に集中できなかったが、西島さんは「美味しい!」と喜んでいた。そうなんだ、生魚を食べる前でも、これは美味しいんだ、へぇ〜。

 

 

そして、時は満ちた。

 

 

カフェを出て、件の寿司屋へ向かう。

「フレンチトースト結構ボリュームありましたね。」と一言を添えて。満腹アピールをして。

 

お店に入ると、よりによって一番怖そうでベテランっぽい板前さんのカウンターの目の前に座ることになってしまった。

西島さんは慣れたそぶりで板前さんとお話をしていた。なんとなく、この怖い板前さんと慣れてる感じを私に見せたかったのかなって思った。じゃあもう貴方の目的は達成したのだから帰っていいですか、このあと銀魂の再放送あるから、なんなら寿司食べずに銀魂一緒に観ようよ、銀魂観てた方が有意義だよ……。

 

銀魂の再放送のことを考えていたら、西島さんがなんか呪文のような単語を口にして、板前さんが魚をいじってた。これはこれで異空間すぎて面白いけど、そもそも私他人が素手で触ったものが苦手だから結構やばかった。大丈夫かな、板前さん最後にトイレ行ったのいつだろう。

 

「私、マグロのサビ抜きしか食べられない。」

お酒を飲み始めてる西島さんにタメ口で言ってみた。西島さんは笑いながら、「大丈夫、大丈夫」って肩を触ってきた。何が大丈夫なんだろう。この状況で大丈夫な事象は何一つない。この人は私の「食べられない」をどの位の「食べられない」だと見積もっているんだろう。

一応マグロのサビ抜きのお寿司を何個か注文してくれた。板前さんは優しい人で、如実に機嫌が悪くなっていく私に会話を振りながらマグロのサビ抜きをたくさん握ってくれた。

西島さんは名前の分からない色とりどりのお寿司をいっぱい食べていた。私はそっちの世界にはいけないから2人でいるのに別の世界にいるみたいで何も楽しくなかった。この場は何も楽しくないのに笑顔でヘラヘラしてる西島さんが気持ち悪かった。

 

「もうお腹いっぱいになっちゃった。」

フレンチトースト効果を使ってみた。

「なんで、まだ食べられるでしょう、マグロで遠慮しないでもっと高いやつ頼もうか、◯◯とか××とか。」(寿司の名前が分からないので記号にします)

 

「◯◯とか××って何ですか。」

 

狭く静かな店内に私の声が響く。

嗚呼やってしまった、出来る限り大人しくしていようと思ったのに。アウェーな空間に行く時は先方に迷惑をかけないように自我を出すのをやめようっていつも、心がけているのに。こんなことならやっぱり家で銀魂の再放送を観るべきだった。

 

店内のお洒落なお客さんたちの視線が刺さっても、西島さんは「これなら食べられる?これは?これは?」とプレゼンテーションしてきた。

圧が、すごい。

そして、プレゼンされる度「それは食べられないです」「それも食べられないです」「それも……。」と板前さんの目の前で全否定しなければならない私の身にもなってほしかった。本当に申し訳ないって思ってるんだよ、でもね、食べられないの、努力とかで何とかなるならこうはならないはずだよね。

私はイライラしてたけど西島さんも流石にイライラしたと思う。自業自得だよ。

結局その後すぐお勘定になってお寿司屋さんを出た。

 

「今日はごめんね、そこまで食べられないって分からなかった。お口直しにどこか行こうか。」

 

生魚の匂いがする言葉と空気の通じない人間とはこれ以上一緒にいられないので丁寧にお断りしてタクシーに飛び乗った。タクシーの中でも自分の口から魚の匂いと西島の飲んでいた酒の匂い、普通の人みたいに寿司屋を楽しむことができなかった悔しさに気持ち悪くなって車酔いして停めてもらってコンビニでチョコレート買ってバリバリ食べた。チョコレートは美味しかった。ずっとチョコレートだけ食べて生きていきたいと思った。ずっと好きなものだけに囲まれて生きていきたいと思った。だから西島の連絡先は消した。帰ってから録画していた銀魂の再放送を観た。これでいい、これだけがいい。