絶望と欲望と

Questa è la vita.

顔は1つ体は1つしかないのに化粧品美容器具エステ整形ダイエットの情報は毎日毎日土砂降りのように女に降り注ぐ。その雨は本物の雨と同様焦りを呼び起こすが本物と違うところはみんな雨宿りをしようとせず傘もささず自らもっともっとと浴びに行くところにある。浴びに行って元気になることもあれば瀕死になることもあって最近は雨の悪意が強く瀕死になることの方が多い。知ってる知ってないが生死を分けるこの世の中なので情報は慎重に扱うべきですがいかんせん知る知らないは基本的に不可逆なので知らない方がある点においては有利に働くのかもしれない。無意識かつ積極的な記憶喪失が必要になります。あなたが今日新しく覚えたことはありますかそれを死ぬまで覚えていることはできますか。先程買ってきたコスメを瞼に乗せて唇に乗せて、あらとても奇麗ねって気に入った自分の記憶にはもう情報としてのコスメは存在しないということがよくあり、気をつけなければなりません。ただの色のついた瞼です。色のついた瞼には情報量はありません。色のついた瞼というのは奥行きが深く見えて妖艶さを感じやすいですね使い方を間違わなければ。しかし美は難しい。美に行きつくのは難しい。理系科目と違うところで0とか1とかじゃなく完全にシームレスな5次元座標系で表現される世界観なので色白だからと言って必ずしも美白とは限らないのです。色白かつ美しい肌でないと美白とは言えない、しかし「色白の美肌」と「美白」は異なるものだと思うのです、言葉の定義が違うという意味ではなくもっと本質的に違うものです寒い冬を耐え抜いた野菜は美味しいみたいな、そしたら温室育ちの野菜はどうなのって、子どもの頃に考えていたある種の優しさに似た性格の悪さを内包している。どちらが良いかは大人には答えられないような、だけどきっと誰もが理解しているあの悪魔的疑問。同じ物質なのにね。扱いが違うんです手に塗るマニキュアと足に塗るペディキュアは同じ物質を塗っているのに真逆の意味合いになる。手の方は全ての他人から見える場所に塗る公共物のようなまともで優等生みたいな存在だけど足の方はステディな関係の人だけ知り得る情報なので手よりも性的な意味合いがありますね、サンダルの話をしてるんじゃアないよ。足のペディキュアを知ってしまったら最後、そこに獣がいても魔物がいても知らなかった頃にはもう戻れないという話です。