絶望と欲望と杏子

Questa è la vita.

ニンゲンたちへ

自分が産まれてまだ母の顔も覚えてない時期に

「アレクサ、子守唄かけて!」

なんて母がロボットをこき使っていったら狂ってしまう。私なら狂ってしまう。

狂ってない今の子どもは狂ってますよ。いえきっとどこかでバグが生じるはずです。

私が子どもの時インターネットや携帯電話がそこに当たり前のようにあって、それらが無い時代へはもう行くことができないと絶望した。時の悪戯が惨すぎる、と。

せめて与えられた環境でどう楽しく生きるかを考え、せっかくならと来たる未来へ思いを馳せることにしたが2003年になってもアトムは生まれていないし2012年になってもドラえもんは居ない(しれっと2112年に変更)。

アトムもドラえもんも居ない、ペッパーとかいう雑魚が街中に立たされ母親はアレクサに話しかける。何が楽しいのか。

もうこんなのおかしいじゃないですか、20世紀の人達が考えていた未来はどこへ行ったんだろう。

でもきっとこれには答えがあって、あの、いるんですよ。ロボット。アトムもドラえもんも。ほんとは、いるんですよ。でも気づいてないだけなんです。アトムとかドラえもんの姿で歩いてたらすぐTwitterで拡散されちゃいますからね。だから、人間の形、してるんですよ。

これに気づいた中学生時代の私は、学校で一番ロボットの可能性がある女の子に話しかけた。友達は少ないけどなんでもソツなくこなして、ちょっとわざと失敗したりもして、どこか自分の人生を俯瞰して見ているような子。

その子がぼーっとしてる時に、

「ねえ!自我ってある?!」

って聞いたら

「ない!……いや、ある!」

って言われたんですよ。これは勝ったと思いましたね。ロボットのぼーっとしてる時を狙うのがポイントです。私はこの方法で今まで10体ほどのロボットを見つけてきました。

気づいちゃって、ごめんね。

最近は精度が上がっているのか普通の人間と区別がつかないですけどね。あっちはすごいことになってるんだろうなあ。

この世には少なくない数ロボットいますよ。怖いですか?

だから私は何年も前から「ロボットには気をつけて」と言ってるじゃないですか、勿論私はロボットが大好きなのでロボットが世界を牛耳ることは本望なのですが皆さんはそうではないですよね、そうではないのに目先の真新しさだけ見て何も考えずに行動してしまうその浅はかさに警鐘を鳴らしているのですよ、ニンゲンたちよ。

子守をロボットに任せるなという話ではない、むしろ自分で考えることもできないニンゲンなら積極的にロボットに子守させるべきだ、このスマホは「子守させる」が一発変換で出てこない非常にポリコレなスマホだなびっくりした。

だから自分の頭で考えるということが大切なんですよ。でないとロボットに教育される世界になります。それはそれで楽しそうだけど。

どうせ我々は100年後には皆死んでるんだから、周りの人間のことを考える時間なんて無いんです。きっとどんな考えも誰かにとっては良い話だし他の誰かにとっては悪い話、意外と他人は自分のことを気にも留めてないしすぐ忘れるのだから、世間体とか気にしてる間に死んじゃいます、我々はロボットとは違って、死んじゃうんですよ。知ってましたか。