絶望と欲望と杏子

Questa è la vita.

拝啓

田舎のお母さんへ お元気ですか

私は都会の荒波に揉まれながらも なんとか生きています。

今日は有名なカレー屋さんでお昼ごはんを食べました。

大学時代から通っているこのカレー屋さんは 辛さを8段階から選べることで老若男女問わず人気なのですが 私はいつも3辛を選びます。

3辛は普通のお店の辛口以上に辛いのですが 辛いものがあまり得意でない私でもここのカレー屋さんのカレーは辛くても美味しいのです。

いつものように注文をして待っていると 隣のカウンター席についたカップルのうち 男性の方が6辛を注文しました。

6辛というとかなり激辛ですが 彼女の前で良いところを見せたいのでしょう チャレンジすると おっしゃっていました。

男性というのは可愛いものですね。

こんなことを言うと あんたも彼氏の1人でも作りなさい!と お母さんに言われてしまいそうですね。

 

さて、私のカレーが運ばれてきました。

大好きでたまらない いつもの味のカレーを一掬いし 口に入れました。

うーん美味しい と唸ったのも束の間 突如 激しい頭痛に襲われました。

いや 頭痛ではありません 舌の痛みです 舌になにか刺激物が当たり その刺さるような痛みが脳まで一気に突き刺さったようです。

慌ててカレーを確認したのですが いつもと変わったところはありません。

人間の味覚は日によって曖昧だと 何かで読んだことがあるので きっと勘違いだろうと思い 二口目を食べました。

勘違いではなかった と確信しました。

先ほどの頭痛 舌の痛みに加え 悲しくもないのに涙が出てきました。

これは何かが間違っている そう思って 周りにも同様の被害者がいないか見渡しました。

先ほどのカップルが 美味しそうにカレーを食べています。

6辛を頼んだ男性の方も 「余裕」と言いながら食べています。

よく見ると 彼のカレーにはチーズのトッピングがしてありました。

そういえば私もチーズのトッピングを注文したのですが 目の前のカレーには入っておりません。

彼が注文するときに チーズのトッピングはしていなかったと記憶しています。

 

これは おそらく つまり

 

2人の

カレーが

入れ替わってるー⁈

 

 

RADWIMPSの爽快な音楽が 私の痺れた脳を更に刺激します。

三葉は 朝目が覚めるとなぜか泣いている と言っていましたが 私はカレーを食べただけなのになぜか泣いています。

彼らはお互いの名前が思い出せなかったようですが 私は辛さによるショックで自分の名前すら思い出せません。

 

麻痺して動かない舌をなんとか動かしながら 店員さんを呼んで間違いを指摘しようと思いましたが その時。

 

「ゆうや君すごいね!6辛が食べられるなんて尊敬しちゃうよ〜。」

 

と言っている彼女の声が聞こえてきました。

ゆうやは嬉しそうに カレーを食べる手を進めていきます。貴様が食べているのは3辛だぞ。

満足気なゆうやに腹が立ちましたが ここで私が店員さんに物申すと ゆうやが食べているのが6辛でないということが 彼女にバレてしまうかもしれません。

それではゆうやの顔が立ちません。

こんなにパクパク激辛カレーを食べられる俺 をアピールしている手前 そこに水を差されたら 男のメンツ丸潰れです。(水が必要なのは私です)

私は男の人が好きですがそれは格好良いからです。ダサい瞬間はできれば見たくありません。

それも 女の前で格好悪い姿を晒してしまうのは 例え他人のカップルでも 看過できません 登場人物全員が不幸になります。

 

ここはもう (二つの意味で)腹を決めて 隠し通すしかありません。

完食は無理でも せめて半分以上は 食べてから帰ろう。

それでいいのだ ゆうやは6辛が食べられる格好良い彼氏のままでいてくれ。ここは私に任せろ。

私は無心で件のカレーを口に入れていきました。

舌が麻痺しすぎて ランナーズハイのような感覚に陥り これは最後までいけるかも……と淡い期待が私を誘いましたが それは微かな夢で終わり 更なるデスロードに足を踏み入れました。

ゆうやの彼女の「がんばれ〜!」「すご〜い!」という声援が聞こえてきます。

ありがとう ありがとう ゆうやじゃなくて私に言って欲しかったな。

 

半分ほど執念で食べたところで 限界が来ました。

 

手の震えが止まらず 額から大量の汗 全身から危険信号が出ているのが分かります。

スマブラならダメージ999%といったところです。

もう 闘えない。

 

まだイチャイチャしているゆうたとその彼女を尻目に 店を後にしました。

 

これでよかった 私は1組のカップルの未来を救ったんだ。

ヒロイズムに酔いながら そこで少しだけ 辛さが原因でない涙を流しました。

 

お母さん

東京は 怖いところです。

お盆には実家に戻ります。身体には気をつけて。