絶望と欲望と杏子

Questa è la vita.

本読む人

私は普段人と話す時、無意識にニコニコしてしまうみたいでその顔の造りのせいか1人で本を読んだりスマホを見たりして無表情になっていると「怖い顔になってる」とよく言われる。

私としてはとても不本意だしむしろニコニコしながら本を読んでいる人間がいたらそっちの方がよっぽど怖いと思うのだが、指摘してくる人は私にニコニコを求めてくることが前から不思議だった。

私はニコニコしながらコクトーの「恐るべき子供たち」を読み切る自信はないので、親しくない人前で本を読んだりスマホを触ったりすることは控えている。

ただ、無表情でスマホをいじるおおよそ殆どの人は「怖い」なんて言われたことが無いはずで、私も他人を見て「1人でスマホいじって怖い」なんて思ったことはない。

私自身普段の表情とのギャップ、筋肉の使う場所が違う感じ、があるのは認める。

これは万人に受け入れられる表情を作るための見せかけの筋肉なんです。表面だけ鍛えても真に自分のインナーマッスルにはならない。

そのくせ自分の好きなことに集中している時は、目の前の相手よりも自分の没頭度を優先し過ぎて表面すら取り繕わない。ヤバい。でもしようがない、無理なものは無理なんです。私は好きなことに没頭するのが何よりも大好きだから。

 

 

余談だけどこんなに怖い顔で本を読んでいても話しかけてくる人達がいますね。

本を読むという趣味って、軽んじられていません?

例えば今エレキギターをかき鳴らしている人に雑談を振ったり、バイオハザードタイラント倒してる人に昨日見た夢の話し出す人間はいませんよね。

それがどうして本だと許されるのか。

 

入院中、伊坂幸太郎を寝食忘れて読み倒していたとき、看護師さんにめちゃくちゃ話しかけられた末「暇だから本読むしかないよね〜」と言われた時は殺意が湧きそうになった。

むしろこの世界が、伊坂幸太郎を読んでいないあらゆる時間の暇つぶしと言っても過言ではないのに!

しかし憤ってはいけない。この看護師は伊坂幸太郎を知らない哀れな人類、それはひっくり返せばこれから伊坂幸太郎を知るという幸運を約束された人類なのだ。持てる者は持たざる者へ。ノブレス・オブリージュ

この私が伊坂幸太郎の世界を教えてしんぜよう。

 

振り返ると看護師は、もうそこには。