絶望と欲望と

Questa è la vita.

スズキくん3

その日から、私とスズキくんのメール交換が始まった。

初めはネットの友達よろしく堅苦しくメールしていたけど、私もスズキくんも慣れてきて普通の友達みたいに会話するようになった。

学校ではほとんど話さなかったけど、家に帰ってパソコンでメールを打つといくらでも会話が続いた。

 

スズキくんはパソコン詳しくないなんて真っ赤な嘘で、自作のパソコンやディスプレイでハイクオリティなゲームをしていた。

小学生だということがバレると舐められるので、ネットでは18歳で通ってるらしい。

私もチャットサイト(当時山ほどあった)では18歳と嘘をついてチャットしていた。

小学生からすると「18歳」は超青春で大人で無敵な歳だった。概念としての「18歳」。今でもそうかな。

私と違ってスズキくん(ネット版)は本当に18歳くらいの性格に見えた。

 

 

リアルとネットの中間で仲良くなっていた私たちに、転機が訪れたのは5年生の時。

今まで担任をしてくれた優しい先生がいなくなり、厳しいことで有名な女の先生に変わった。

厳しいけど面白い先生だと聞いていたので、ちょっと楽しみだった。

通称トンカツ先生。ちょっと豚っぽくて、名前に勝という字が入ってるから。

 

初日の挨拶では元気に冗談を飛ばしてくれて、でも厳しい時は厳しくて、良い先生だな、と思った。それはスズキくんも一緒だったみたいで、「今度の先生は期待できる」なんて言ってた。

 

 

トンカツ先生は、でもちょっとおかしい。

 

 

「生徒のことはなんでも監視していたい」というトンカツ先生の要望で、教室内ヒエラルキーを可視化する活動をした。

クラスのリーダー格の男の子女の子は一番上に名前を書いて、その下の男の子女の子、その下の……という風に黒板に記していく。

そして、一番上の子たちの更に上に、トンカツ先生が自分の名前を書いた。

 

「誰かが悪いことしたらこの上の子が責任を取るんだよー、この上の子の不始末は更に上の子が責任をとって、私が知ることになる。こうやって組織化したら、会社みたいで良いクラスになるよね」

 

なんだか凄い理論だが、実際に2003年の4月にある小学校の教室で起きたことだ。

 

私は確か中の上くらいの階層に入れられたけど、自分より下の人たちのことが気になった。なんだかかわいそうだった。

スズキくんは一番下だった。

 

トンカツ先生が真っ先に目をつけたのがスズキくんだった。他の生徒より明らかに大人びていたからだ。

スズキくんがいやらしい画像をパソコンに沢山持っているらしい、という理由で国語や算数の授業を潰して学級会が開かれた。

机は後ろに下げて、椅子だけ前に持ってきてクラス全員で円形に座った。

スズキくんは真ん中に立たされていた。ぼーっとしてた。

 

「スズキくんにいやらしいことをされたことがある人は?」

という問いに、ほとんどの女の子や少しの男の子が手を挙げた。みんなニヤニヤしてた。

確かにスズキくんは大人びていたから性の話をすることはあったけど、実害が伴うようなことは一切していない。でも、みんな"無意識に"トンカツ先生に好かれようとして、大袈裟に被害報告をしていた。

修学旅行のインスタントカメラでスカートの中を撮られたとか、胸や股間を触られたとか。

きっとみんなも薄々「スズキくんは無害」と思っていたけど、トンカツ先生の切れ味の良いトークに乗せられてどんどんヒートアップしていった。

 

「スズキくんのことが、気持ち悪いと思う人ー?」

先生は軽妙とも思える調子で、人権侵害になりうる質問を私たちにした。

 

ほぼ全員が手を挙げた。

 

手を挙げていないのは、私と、サッカー部の女の子ハルミちゃんと、スズキくんだった。

 

トンカツ先生の目に留まったのは、手を挙げていない私たち。

トンカツ先生の洗脳にかからなかった、出来損ないの生徒。

 

「ハルミさん、どうしてスズキくんのことを気持ち悪いと思わないの。」

 

ハルミちゃんはクールな子だったけど、このときだけは狼狽えていた。

 

「私はスズキくんとあまり仲良くないから知らないし……気持ち悪いっていうのはかわいそう」

 

「かわいそうだから気持ち悪くないの?気持ち悪いっていう自分の主観を押し殺さなくてもいいのよ?」

 

ハルミちゃんは黙ってしまった。

トンカツ先生は、私にも勿論質問をする。

 

「杏子さんはスズキくんととても仲が良いそうね。インターネットでラブラブしてるんでしょ。スズキくんの気持ち悪いところ、いっぱい知ってるんじゃない?」

 

そりゃあスズキくんの気持ち悪いところはこの場にいる誰よりも私が一番知ってるぞ……と言いたい気持ちを我慢して、スズキくんの名誉のために否定したいと思ったけど、何から言うべきかもう言いたいことが山ほどあるのに何も言えなかった。

それに、インターネットでラブラブとはどういうことなのか。誰かが私たちのことをトンカツ先生に言ったのかな。スズキくんとメール交換をするのはダメなことだったのかな。

 

それでも、ポツポツと、スズキくんの良いところを言ってみた。何を言ったのか覚えてないけど、とにかく弁護しようとした。トンカツ先生は私のことをじっと睨んでいた。

 

 

 

話し合いの1ヶ月後くらいから、私の友達はいなくなった。

後から聞いた話で、トンカツ先生が「杏子さんが○○ちゃんの悪口言ってたよ!」などと吹聴し、外堀を埋めていたらしい。

普通なら登校拒否したくなるところ、幸いと言ってはなんだが私はその頃中谷彰宏氏の自己啓発書にどハマりしており学校とか友達とかどうでも良くなっていた。それよりも、早く社会人になって中谷彰宏メソッドを仕事に活かしたかった。なんて小学生だ。大丈夫か。

それに友達に嫌われてはいたけどもなんというか嫌われ方がふわっとしているというか的を得ていないというか、攻撃的な所謂イジメは全くされないし、話しかければ普通に話してくれるのであまり実害もなかった。

しかしそれを面白くないと思ったトンカツ先生は、なんと私の親に直談判し「杏子さんは子供らしくない!友達と全く遊ばない、問題児!」と言ってきたのである。家庭訪問も中止されている時代なのに。

親は勿論トンカツ先生を信じて私を諭そうとしてきたが、そもそも私が子供らしくないことは今に始まった事ではないし、子供らしくないと何がいけないのかということを懇々と説得して事なきを得た。

いや、家族に不信感を抱かせてしまったことにはもう変わりないので事なきは得れてないですね。

 

それでも学校には行っていたけど、スズキくんはとうとう学校に来なくなった。

 

 

スズキくん。

みんなより少し大人びていたから、若い芽を摘まれてしまった人。

スズキくん。

トンカツ先生のサンドバッグになってしまった人。

スズキくん。

私の作った教室のゴミを、見つけて拾ってくれた人。

 

 

 

不登校になったスズキくんのフォローは、やはり私が行くことに。

スズキくんの家は何度か行ったことがあったけど、こういう状況は初めてで、少し緊張した。

ピンポン押すと、五分以上待たされてようやく出てきたスズキくん。

 

「ごめん寝てた」

「えっ」

「最近昼夜逆転なんだよ」

 

なんでも、オンラインゲームをやりこみすぎてゲーム廃人になってしまったらしい。

スズキくんの髪の毛は女の子みたいに長くて、白い顔が更に白く見えた。

 

部屋に入って、今やってるゲームについて勢いよく話してくれた。元気そうだ。

彼はトンカツ先生の嫌がらせで学校に来なくなったんじゃない、学校よりもゲームの方が楽しくなってしまっただけだ。やっぱりスズキくんはスズキくんだ!

なんだかすごく嬉しかった。

私が同い年で一番尊敬している彼は、トンカツ先生なんかに負ける人じゃない。

トンカツ先生は今勝ち誇ってるかもしれないけど、本当の彼はここにいる。今を生きている。

それを私が知っているだけで満足だ。

 

突然、彼の白い手が私の腕を掴んだ。

本当にびっくりして何も言えなくなって戸惑っていると、更に腕を引っ張られ抱きつかれた。

汗臭いし髪の毛が目に入るし不快だったけど、ここで避けたら悲しがるかな、と思ってそのままでいた。

彼は他の子よりも早く変声期を迎えた低い声で「がんばろうな」と呟いて、「俺明日から学校行く、ありがとう」と言って私の背中をボンボン叩いてきた。

「絶対負けないようにしよう、めちゃめちゃ幸せに学校生活送って、めちゃめちゃ幸せに卒業するのが、トンカツ先生への復讐になるから。明日から楽しみだ。」

「幸せに復讐する協定だね。」

 

 

「幸せ復讐協定」を結んだ私たちは、本当に幸せに小学校を卒業しました。

スズキくんは男子からエロ画像の神みたいな扱いを受けて友達が一気に増えたし、私はお洒落やメイクの話で女子の間で美容の先生みたいな立場になりました。子どもの好き嫌いなんて、ふわっとしていてコロコロ変わるものです。

今までお山の大将だったトンカツ先生も、私たちのクラスは洗脳する価値のないクラスだと判断したのか過激な行動は謹んでくれました。

 

 

小学校を無事卒業した私とスズキくんは、中学受験をしてなんと同じ中学に入ることになりました。

一回も打ち合わせなんてしてなかったのに。

 

 

 

続きます。