絶望と欲望と杏子

Questa è la vita.

スズキくん1

小学3年生の時、自分のサイトを始めて作った。

HTMLサイトを見ながらコピペして継ぎ接ぎした簡単なものだったけど、全部一から作り上げた自分だけのサイト。

少しだけ、自慢したかった。

私のクラスにはまだパソコンをきちんといじれるような子は少なくて、そもそも自由に使えるパソコンを家に持っている子自体が少なかった。

 

それに私はバトントワリングのチームに入っていて、それはちょっと「カースト上位女子」のグループだった。

レオタードを着てバトンを回し華麗に踊るチームには、痩せてて可愛くて女の子らしい人しか入れない。オレンジレンジBUMP OF CHICKENが好きじゃないと会話にならない。彼女たちにはパソコンをカタカタ触って文字を入力したり画像を加工することや、ましてやHTMLなんて1ミリも興味がないだろう。

 

だから同じグループの女の子にデジタル関係の話はしなかった。

それよりも、今週の「りぼん」が面白くて編集部にこんなハガキを送っただとか、ハリーポッターの新作の話とか、漢字ドリルに出てくる単語だけを使って架空のおとぎ話を作って聞かせるだとか、そういう話をしてた方がお互いにとって正しいコミュニケーションだったのだ。

 

 

機会が来たのは、席替えをした日。

くじ引きで決まった隣の席は、ヨシナガくんという男の子だった。

ヨシナガくんは爽やかで目が大きい美少年で、成績上位の優等生だった。

そして、パソコンが得意。

私の方が得意だけど、ね。

自然とパソコンの話は盛り上がって、意を決して自分のサイトのことを話してみた。

 

「私、自分のホームページ持ってるんだ」

「そうなの?凄いね。ホームページを検索して見てる人は僕達の年にもいると思うけど、作ってるのは凄いよ!」

 

褒められた!分かってくれる人がいたんだ!

ちょっとだけ憧れを抱いていた男子に褒められ、調子に乗った私はノートの端っこに空で覚えている自分のサイトのURLを書き連ね、そこだけハサミで切り取ってヨシナガくんに渡した。

 

「はい。これ、家に帰ったらアクセスしてみて。掲示板があるからそこにコメント残して。」

 

ヨシナガくんは、うん、とだけ答えて、その細長い紙を無造作に筆箱へ入れ込んだ。

 

よかった。初めてパソコンの友達ができた。

今日は早く家に帰って、ヨシナガくんがアクセスする前にサイトを手直ししよう。壁紙は今のままだと子供っぽいから、大人っぽい壁紙をフリー素材で探してみよう。カウンターも可愛いものを借りてみようかな。そうだ、リンクを手直しして見やすくしよう。ヨシナガくん驚かせたいなあ。

 

 

 

その日、ヨシナガくんが掲示板に現れることは無かった。

 

 

翌日、もうサイトの話は自分からしないようにしようと誓った。だって、ヨシナガくんに渡したURLの紙が、他のプリントやノートと見間違うはずがないあの異様に細長い紙が、教室の床に落ちているのを見てしまったから。

恐らくヨシナガくんの家に持ち帰られることなく昨日からずっと、ヨシナガくんをネット上で待つ私のように、誰かに見つけてもらうのを待ってたんだね。

 

もう、くしゃくしゃだね。

 

色んな人に踏まれて丸められたその紙は幸か不幸か教室の他のゴミと同化していて、私はゴミ拾いの責任を負うことなく1日を過ごした。

このあと掃除の時間に、消しかすや誰かの食べこぼしや何かのプリントと一緒に捨てられるんだろう。

ヨシナガくんが悪いんじゃない、空気が読めなかった自分が悪いんだ、と後悔し、1日を過ごした。

 

 

 

人生が変わったのは、その日の夜だった。

 

 

「教室でURLを拾いました。よかったらメールください」

 

 

掲示板に書かれたその短いメッセージだけで、情報は十分だった。

私はコメントの主が残したメールアドレスにメールしてみることにした。

 

「はじめまして。掲示板に書き込みありがとうございます。誰ですか?」

 

自分のクラスメイト以外あり得ないという思い込みで不躾なメールになってしまったが、返事はすぐに来た。

 

「教室であんたのサイトのURL拾っただけ 俺もお前が誰だか分からないから言わない」

 

自分では名乗りたくないのかな、でも、俺、ってことは男子なのかな。

 

「じゃあ、○○小3年ですか」

 

「そうだよ。でもあんま言わないほうがいい」

 

「どうして。」

 

「俺が変な奴だったらヤバいだろ」

 

 

そんなにヤバいかな、と当時は思ったけど、事実ヤバいのである。私はその辺の危機管理能力に乏しかった。何せ私は性善説で生きていたのだ。

この中々正体を明かさない"彼"は、明日教室でお互いの正体を答え合わせしよう、と提案してきた。

「どうやって答え合わせするの?」と返信したが、それ以降返信が来ることはなかった。

 

 

翌日、少し緊張して登校した。

私の顔をジロジロ見てる人は居ないかな。いつもと違う動きしてる人は居ないかな。

授業は進むけど、一向に"彼"らしき人を見つけることができなかった。

とうとう下校時間になってしまい、ランドセルを背負って校門まで向かう途中、男の子に話しかけられた。

 

「わかった?」

 

痩せすぎた身体、ぐしゃぐしゃの髪の毛、不気味なくらい青白い肌。

悪友"スズキくん"との出会いでした。

 

 

 

続きます。