絶望と欲望と杏子

Questa è la vita.

大哺乳類展が帰ってくるみたいです

大哺乳類展2

 

 

科博!!!

 

よくやったぞ!!!

 

大哺乳類展2!!!

 

9年ぶりの復活!!!

 

当時高校生の私が学割を利用して毎日通ってた特別展!!!

 

行かない国民は非哺乳類と見なす!!!

 

これのために2019年まで生きていたのだと今確信した、9年間の重みを感じる。全てに感謝。

 

 

 

 

ああ、興奮して具合が悪くなってきた……

 

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……!!!!

 

 

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ミナミゾウアザラシ!!!!!!!

 

 

 

これを、見るためだけに入館しても元が取れる!!!

 

科博のミナミゾウアザラシ、マジですごいから!!見て!!!!刮目して!!!!

 

できれば30分×3セットくらい見て!!!!

 

このミナミゾウアザラシの剥製を初めて目撃した瞬間、それはまだ10歳に満たない頃だったが、精神が高揚して膝から崩れ落ちるような強烈な感情が沸き起こり、人生観がガラッと変わって「本物」の興奮を学んだのだ。私はこの瞬間一度人生を終わらせて刹那ののち生まれ変わったと言っても過言ではない。

死んでいるのに生きているふりをしているその表情、筋肉、肌、生に対する覚悟や拘りや生き様を死後も維持し続けている尊さ、現代人類のように死を遠ざけ無駄に本質から離れて生きる人生とはなんてちっぽけでつまらない生き方なのか思い知らされ、リアルな生もリアルな死もフラットに押し並べることによって生物はいずれ死で帰結する、帰結するからこそ活き活きとした生の悦びを感じられるのだ、という我々が忘れていた真理を啓示された。

私が生と死を学んだのはこのミナミゾウアザラシからである、道徳の「心のノート」とか、校長先生の為になるお話からではない。

 

損はさせません、見に行ってください。できれば何回も。

あなたの心臓の鼓動を無駄打ちにはさせません。

 

 

痛くないから大丈夫だよ

映画館で食べるポップコーンのような、

眠れない夜のホットミルクのような、

公園で拾った綺麗なビー玉のような、

抑えきれない想いを慰める懐かしい歌のような、

行ったことのない知らない街のような、

 

そんな悪戯を、僕の心を、切り裂かれた内側の部分を縫い止めてくれる何かを、ずっと求めているんだ

早く大人になりたいけど、そうすることで何かが見えなくなってしまうなら、ずっと大人になんてならなくていい、理性を捨てるチャンスがまだ残っているうちに裸足で空港まで走って、涙のかけらを掬い上げて、誰も幸せにならないこと言い続けてる人間たちを置いて月まで脱出するんだ、僕は。

 

こればっかりは

あ、でもなんとかならないことが2つだけある

 

紫外線 と 乾燥

 

こればっかりは、ガチで、マジレスですけど、ごめんなさいマジなんですけど、あの、救いようがないくらい、不可逆なので、今この瞬間から、気をつけて下さい

 

私は小3からずっと毎日日焼け止めを塗っているので普通に暮らしている人よりは紫外線蓄積が少ないとは思いますがまだまだ怖い

乾燥も怖いですよ、この時期はほんと、気をつけて下さい

 

 

我々が生きる上で不可逆だと明言されていて 尚且つ普段から気をつけなきゃいけないことってこの2点しかないんですよ、シンプルじゃないですか?

 

いいかい学生さん、昼に日焼け止めを塗ってね、夜にニベアとワセリンを使えば、あとはどうにでもなるんだ、なるんだよ、きっと君の未来のことを笑ったり、貶したりする奴が出てくるかもしれない、でもね、生きていく上で気をつけるべきことは、日焼けをしないってことと、保湿をするってことだけなんだ、それ以外は、あとからどうにでもなるから、自分のやりたいようにやればいいんだよ、日焼けをしてしまったときにだけ後悔すればいい、人間日焼け以外のことならなんでも可逆的なんだ、可逆的ってわかるかい、またいつでも、好きな時に、好きなだけ、やり直せるってことだよ、大丈夫、君はまだいっぱい、生き直せるじゃないか、テストで悪い点を取っても、好きな人に振られても、大会で良い成績が残せなくても、まだ君はだいじょ、え、なに?海で?日焼け止めを使わずに?一日中遊んでしまった?どれ、え、ちょっと見せて、うわ、結構焼いたね、なに、由比ヶ浜?へぇー、またそんな……あ、ここなんか、え、これ、皮?剥けてきてるじゃん、皮、やば、あ、あー、それは、あの、大丈夫じゃない、かな。

エントロピー増大に逆らう

あの頃に戻りたい、過去のアレをやり直したい、って思ってる時点で健康なのかもしれない

心身ともに不健康でぼろぼろなときは、月日が早く過ぎ去ってほしいと願うものだから

 

だから過去をわざわざ振り返って否定する必要はない

今あなたがここにいるならそれが全て

未来にしか道は無いし、この宇宙って時間は不可逆だけど意識は可逆的だからなんとかなるよ

 

 

 

1周年

このブログを始めて1年が経ちました。

月に700〜1000PVほどのアクセスがあります、ありがとうございます。

 

私はやっぱり、書くことが好きみたいです。

この自由なスペースがあることで、1年間救われてきました。

 

人間として生きていると怖かったり辛かったり逃げ出したくなったり死にたかったり消えたかったり、本当に本当に難しいけど、

それでも自分の好きな何かがあるだけで、不安が安心に変わったり、ささくれ立った心が穏やかになったり、苦しみから解放されたり、死から脱出できたり、生の実感を掴めたりするものだと思います。

 

あなたの好きなものは何ですか。

 

 

私は書くことが

この綺麗じゃない纏まらない文章を震えながら泣きながら書くことが好きで、情けないくらい思い通りに書けなくてでも止められなくて、正しい文章とか分からないけどその分できるだけ正直に書いて消して書いて、自傷行為のような思いで日々しがみついています。

自分の文章をこのように誰かに見せることが私の居場所であり、薬であり、他者と理解し合うのが難しいこの孤独な世界におけるひとつの愛の形、ひいては幸福なのかもしれません。

 

 

さあ書こう

今よりちょっとだけ生きられる気がする

日吉は凄い

どんなに仲の良い知人でも、その知人の誕生日、血液型、出身校、中学の部活、部活でのポジション、座右の銘、実家の家業まで知っていて覚えていることは早々難しい。身の回りの知人を思い浮かべて欲しいが、意外と覚えていないだろう。

 

そう思うと、日吉若(テニスの王子様)は凄い。

恐らく全テニプリファンが、日吉若の上記詳細プロフィールを空で言える。

それは「テニスの王子様ミュージカル」における最も有名なナンバー「あいつこそがテニスの王子様」で、乾貞治らによって日吉の説明が非常に詳しく歌詞およびセリフとして歌われているからである。

テニプリの主要キャラの誕生日一個も知らないけど日吉だけ知ってるって人も多いと思う。勿論、12月5日だ。好きな言葉は「下克上」。

日吉。

謎の1年リョーマくんにボコボコにされても、いやボコボコにされたからこそ、日吉若という偉大な存在はこうして語り継がれていく。

彼は確かに負け続けた。テニスの実力はある方だが、勝利の女神は遂に微笑むことはなかった。

だがどうだろう、主要キャラでもないのにこんなに知名度の高い人物がかつていただろうか?

敗北は確かに怖い。だが、敗北や失敗を恐れ、避け、目を瞑ろうとすることでどれくらいの事象が見えなくなり思考停止するか。いや、その前に何を敗北とするのか。我々は考えなくてはならない。

死ぬのが怖くて無傷で生き延びようとすると何も得られない。死があるからこそ生きることそのものに真っ直ぐ目を向けられる。

つまり死は始まりであり、愚かな人間を思考停止させないようにする希望なのだ。

 

とすると日吉若の存在は、そんな生命の在り方を彼自身が宮司となって現代の我々に訴えかけているように感じる。

だからこそ彼はこんなにも尊く崇められているのではないか。

そしてまさにこれが、彼が人生を賭けて虎視眈々と狙っていた"下克上"ではないだろうか?

 

21世紀のラブレター

口に出す言葉は不安定でゆっくりでみっともなくて怖くて、言おうとすればするほど現実から遠ざかり叫ぶこともできなくなる。

今すぐ伝えたいのにどんどん居なくなってつまらなくなり気づいた時には壊れてしまうから。

頭の中の予想外な考えに自分で驚いたり、何も考えず無邪気に言葉にできていた頃が懐かしい。

蜃気楼みたいな真実をずっと信じてやっと地盤が固くなるの。

世界と希望と天使と悪魔を抱えて歩いていく私たち、知ってるか知らないかなんてどうでもいいよ、どう思ってるかの方が大事なんだ。

死んだ先には多分何もないけど、死ぬまでにどう生きるかの選択肢は沢山あるから、ちゃんと生きたら死顔も美しいでしょ。大丈夫。