絶望と欲望と杏子

Questa è la vita.

世界は死ぬまで夏休み

好きな友達とビール飲んで知らない名前のお酒飲んでチーズ食べてワインもいっちゃってああ何食べてるかわからなくなってきたけど美味しー!この肉なんの肉?わからないけど食べちゃおう、ってもう食べちゃってるじゃんなんだこれ味わかんないけど美味しー!アレルギー大丈夫?多分大丈夫ウォッカで浄化、あの人だあれ?よくわかんないけど一緒にマック行こうよポテトLサイズ190円だしシェアしようよ乾杯しよついでにタワーレコードにも行こうエレベーターじゃなく階段使ってチンドン屋すればなんかそれっぽくない?おっけーおっけー奥華子のCD持って来い全部割ってやるからこっちこい、屋上登ってピザーラ宅配して宅配の兄ちゃんも一緒になって美味しい美味しいけど何これなんのピザ?いいえそれはピザではありませんニトログリセリンです、わーいわーい花火をやるぞわーい、おっきな花火打ち上げて歴史に残そっかきっとこの今は過去最高に最高なのだから、だって生きていたくない?死んだようにつまんない人生なんて無理じゃない?自撮り撮ってインスタ載せて地球のみんなおやすみって呟いてはくちょう座まで歩いて行こうなんなら銀河鉄道キセルしよう国際宇宙ステーションまであとどのくらいだろう待ってやっぱり火星行きたくない?いっぱい遠回りしよ景色も楽しいんだから待っていても始まんないし自分から行っちゃおうよ大丈夫世界は死ぬまで夏休み。

DNA的美

綺麗な人(男女問わず)を見るのが趣味でなぜ美しいと感じるのかを研究しているのだけど、綺麗な人といっても大きく2種類に分類できると思う。

美容室に通っていることが一目で分かる艶とデザインが統一された髪の毛、素敵なブランドもしくは古着でもセンスのあるこだわりの服、それらを引き立たせるバランスのとれたメイクと表情、のように、一枚の写真に撮ったときに「綺麗だ」と感じる人。

もう一方は、前述のような静止画の美しさの条件を備えていなくとも生や動画で見ると「ああ、何故だかわからないが美しい」と感じる人。

 

前者のような美しさを「パッケージ化された美」と称すなら、後者のような美しさは「生きた芸術」だと思う。

後者の「生きた芸術」はその美しさがわからない者には不恰好に映ったりするのでパッケージ美よりも市民権が得られにくいが、私はこの「生きた芸術」を有する人間を見つけると興奮する。世界が動き出す。もっと彼らのいる風景を見たくなる。

目で見てわかる美しさではなく心臓が理解したがる美しさ、毛穴や産毛や細胞までも愛おしく奇跡的な配置になっているように見えて実は全て自明、何故ならそのDNAの配置は本人の遺伝情報つまり本人そのものであるからそうなることが必然であって他の人では再現不可能な極めて限定的な公式のようなもの。

欠けたところや不安定な部分があったとして、その根本である骨組みは変わらずに本人の遺伝情報の通り細胞分裂を続ける。

化粧や服装などで表面的な部分をいくら書き換えてもこの公式は変わらない。

人はこの細胞分裂の公式に対する心の動きを、「恋」と呼ぶのではないか。

宇宙の創り出した神がかり的な60兆個の配置。

何物にも替え難い存在、写真には映らない魅力。

私が整形をおすすめしない理由もこれ。

人がどんどんパッケージ化されていく。確かに静止画を撮ったときに美しい人になることはできるが、それが一体なんだというのだろう。

動く「生きた芸術」を見たときのような、不安定で、不完全で、でも心臓の鼓動が鼓舞して奥底から湧き上がってくるあの感動には敵わない。

生きててよかったと思える恋を、公式を、大切にしよう。

昨日が消滅した日のこと

駅の構内を歩いていたら中学生の修学旅行の列に紛れてしまって、あららと思ったけれど通路が小さくて抜けられなくて仕方なく中学生と歩幅を合わせて歩いた、すると自分も中学生になった気持ちになって気持ちになってというか実際に中学生になっていてクラスメイトと一緒にてくてく歩きます先生の指示に従ってください、男子は先生の指示に従ってガソリンを給油してください、学級委員長がそう叫んだので僕はガソリンを給油しにいきました、でもどうやって給油するのか分からなかったので隣にいた男子に話しかけたら明日からどうしようと寂しそうな表情で言われたのでそうだねと返してガソリンの給油ノズルを男子の口の中へ入れてスイッチを押しました、ごくごくガソリンを飲む友達は元気になっていったけどとうとう友達じゃなくなってしまったので落ち着きませんでした、他の友達が「明日よりは」と言ったので図書館へ向かおうとすると図書館は閉鎖されていて「民間人ハ許可証必須」と書かれている看板があったんだけども図書館で勉強したい僕はその欲望が強かったのですどうしても、欲望の限りを尽くし柵を飛び越えたところ足元にはニワトリが6羽くらい唸っていてニワトリに餌をやっていたら大きくなって大きくなって大きくなって日陰ができて涼しかったです読書にぴったり、夏の暑い中でもきちんと本を読むことができたのですっかり熱中してしまいましたニワトリはとても穏やかに朝が来るのを待っていたので一緒に寝ることにしました寝たのは2年ぶりだったのですがとても気持ちよかったです、熱帯夜が明けてまた修学旅行の列に紛れに行くと「革命が起こりましたので皆おわりです」と先生が仰ったのでその通りになりました。

残糖

砂糖の海を泳いでみた。

泳ぐ、泳ぐ

そんなに遠くへ行ったら、危ないわ、

誰かが言うけど、私は気にせず砂糖の海を泳ぐ。

そのうち砂糖がもやもやと姿を変えて

イチゴのケーキ、ピンクのマカロン、シナモンのかかったチュロス、ふわふわの綿飴、カラフルなドーナツ、

いっぱいのお菓子に包まれた。

ドキドキして深呼吸して、金平糖でできた砂浜を転びそうになりながら歩く。

他に人影はないけど、どうしてもこのお菓子を食べるのは憚られてガマンすることにした。

ガマン、ガマン

……でもちょっとだけなら、いいかしら

誰に言うでもなく呟いたら、

ここのものは何でも、食べていいんだよ

声がした方を振り向くと、鳶色の髪の青年がこちらへ向かってきた。

ニコニコしていて惹かれてしまう。

青年は板チョコを取り出してパリパリと食べ始めた。

私もこのアップルパイを、食べようかな。

どうぞ召し上がれ、ここにあるものは、何でも。

青年はあぐらをかきながら私を覗く。

その目がとても美しく見えて、目の前のお菓子に手を伸ばす。

私はもぐもぐと美味しい菓子をいただいた。

青年は板チョコを食べながら私のことを見つめていて、そうするのが私たちにとって自然なことみたい。

こんなに美味しいものを食べるのは初めてで、夢中になってもぐもぐ、もぐもぐ。

とうとうお腹がいっぱいになってしまった。

もう満足よ。

 

青年は、おいで、と私に手招き。

 

あのね、と言いかけたけど、

 

青年は私の頭をもぐもぐと食べてしまいました。

 

この時の感情を片付けることができなくて、私の心臓はまだ砂糖の海に浮かんでいるのです。

秋は好きだけど

秋、昼は陽気でポカポカしてるけれど風は少し肌寒くて、でもまだ夏服を着ていたくて夏のワンピースに薄手のカーディガンを合わせて、彼氏とお家で勉強会と言う名のデートを企画して結局持ち寄った参考書は数ページで飽きてしまい「平成最後の夏、終わっちゃったね〜」なんて言いながらスマホいじってカフェオレ飲んでお菓子食べて見つめ合って、ノートの上で手を繋ぎながら彼氏の手に少しだけ爪を立てて自分の痕跡をうっすら残して、お互いの似顔絵なんか描いちゃったりして完全に勉強モードじゃないのに「もう少しだけ頑張ろうよ」なんて心にも無い言葉を言うけれど「隣にお前がいて集中できると思うの?」って彼の低い声が聞こえたと思ったらカフェオレ味の甘いキスをされて香りと舌の感触に溶けそうになりながら為すがままに片手でブラジャーを外され

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「頭おかしい」「サイコパス」「変態」「異常者」「パーソナリティ障害」「性格悪い」「反社会的」「犯罪者予備軍」「性的倒錯者」

 

何も見ていないくせに私の表面だけ触ってその症状を切り取って名前をつけてラベリングして類型に分けて満足するな騒ぐな

そうやって私を陣地から除外して線を引くことで自らは正常、誰からも攻撃されることはない、と安心しているのでしょうけど、その安心のお値段はお前の人生よりも高い?そんな人生なんて私の優しさで高く買い取ってやろうか

さあ笑えよ、

お前の「正常」がどのくらい信用できるのか見せて下さいね

私の「異常性」に名前をつけたものを私と認識したことを後悔しろ

トーキョーの働き方改革

最近引っ越したんですが、家から一番近い業務用スーパーが大きくて安いのでよく利用してます。

肉と野菜と調味料を買ってお会計に並んでいると、前のお客さんが手持ちで缶コーヒーとお菓子をレジに置いて、多分数百円程度だと思うんだけど、レジの外国人のお兄さんがボソボソと小さい声で

「1500円です」

え?これそんなにするんだ、と思ってレジの表示を見たら400円程度。

言い間違いかな?と思ったけど、やはりお客さんは400円を出してお兄さんに手渡す。

レジ自体は完全に自動だから全く問題ない。

私の番になり、表示をよく見ると1268円。

そこでもやっぱり、レジのお兄さんは

「1500円です」

なるほど、この人、どんな会計でも「せんごひゃくえん」と発音している……!

 

アツイ。

 

お兄さんは商品のバーコードを打ち、「せんごひゃくえんです」と呪文のように発音し、客が払ったお金をレジに自動で入れ、自動で出てきたお釣りを返す。

 

完璧だ……!

 

こんなにパーフェクトな働き方改革見たことない。これなら難しい日本語の数字読みをわざわざ覚えなくてもとりあえず働くことができる。

数字なんかきちんと覚えるのはもっと日本に住んでからでいい、今は仕事に慣れてほしい、といった店長の優しさを感じる。

 

私は感動した。

このお兄さんの今後の展開を見守ろうと思う。

お兄さんがいつの日か「せんにひゃくろくじゅうはちえんです」と発音してしまった日にはレジに立ち尽くし号泣してしまうかもしれない。

その日まで、日本を、東京を、より良い街に。